東山にしこの
カラオケ修行
　

私の両親はとくに音痴でも上手でもない。音楽教育を受けたことはなさそうだ。戦前生まれだから音符を「イロハ」で読んだりするのがご愛嬌だ。要するにふつうの人間だ。

ふつうの人間なのに、両親が、私と弟に音楽のことで、ずっと言い聞かせてきたことがある。歌謡番組全盛の１９７０年代、私が十代のころだ。一家でこたつに入っていろんな歌手を見ては、両親が私と弟にこう言うのだ。

下手なのに、へんに感情を込めるのはよくない。気持ち悪い。

前にも書いたが、１９７０年代のとくに前半には、歌手なのに歌が下手な若い子がたくさんいたのだ。
それは当時の若者のよくない傾向として、私の親世代には非難されることが多かった。なので、私も「歌が下手なのに歌手になるような人間にならないよう気をつけよう」と思った。や、別に歌手になりたくなんかなかったってば（笑）。

それにしても、「下手なのに感情を込めて歌ってはいけない」という禁令は、いったい何だったのだろう。
もし私が、歌が好きで、それを勉強しているようなこどもだったら、何かの役に立つ説教だったような気がする。まず基本の発声を身に付けてからくずしたほうがいいとか何とか。
だが、私は歌にコンプレックスがあったので、ますます歌うのがいやになっただけだった。

実は、家にだれもいないときとか、勝手に歌っていると、感情を込めてみるとかなりマシなように自分では思えたのだ。でも、それは間違っているんだな…。ごくふつうに反抗的なガキだった私だが、苦手分野で親にたて突くほど根性はなかった。

根性はないが、何しろ今の３００倍ぐらい感受性が豊かだったころのこと、いろいろな歌をきいていて、いろんなことがわかってきた。

・悲しい歌は、声に息を吐く音を混ぜながら歌うと、かわいそうなかんじが出る
・声をつまらせながら歌うのも切ないかんじになる
・そして、「悲しい」などの気持ちを表しているところではない、どうということのない箇所で、その技を使うと、なおさら悲しいかんじが出る
・あまりにシリアスな歌は、むしろりりしく、怒っているように歌ったほうが悲しさが出る

すでに十代の時点で、歌ではなく芝居である（演劇部っすから）。

そして、ある日ラジオで森進一の歌をきいていて、私は重大なことに気づいた。
泣き節と言われた森進一の演歌だが、声だけを聞くと、ぱーっと陽が射しているような明るい声を出している。ひよひよっ、と震えるところも、である。
そういえばアナウンスの基本は、明るい声を出すことである（演劇部っすから）。

美しき十代の私は思った。もし、人前で歌う日が来たら。明るい声で歌おう。そして、感情をあらわす歌詞はきれいに淡々と、その伏線となるようなところに感情を入れて、人の心を惹き付けてみよう。
でも、そんな日は来るのだろうか。

カラオケが私に、あっさりとその日をもたらした。だれも私に「そこ、音がはずれた！」「下手なのに感情が入ってて気持ち悪い！」なんて言わず、ていうか人の歌なんか聞かず、曲目リストをめくっている。
３度目あたりのカラオケで、私は、とにかく短い歌を、ということで『ムーミンの歌』を入れてみた。これは感情派にはぴったりだ。全編、相手に一方的な愛情をぶつけている歌詞だ。かといって片思いの切なさはなく、どちらかといえば母性的な無償の情愛だ。何しろ出だしがいきなり「ねぇ、ムーミン」と語りかけの文句である。これを感情を入れずに歌ってどうするのだ。
記憶にある宇野ゆう子さんの歌い方を思い出して歌ってみた。満場、笑いの渦だ。

行けるじゃん、と私は思った。歌は下手だけど、芝居はまあまあかもしれない。役者さんが歌ってるみたいじゃん。←言いすぎ。

だいぶカラオケに慣れてきたころ、ドラマ『家なき子』のテーマになった中島みゆきの『空と君とのあいだには』を入れ、「全編、悲しい歌詞なので、あえてりりしく強く歌い、ふいに切なく力を抜くところを作る」というのをやってみたことがある。
何度も出てくる、タイトルにもなっている「空と君とのあいだには」を、一箇所、「切なく」抜いてみた。この技で、同席したオヤジと若者を涙ぐませてしまったことがある。やりすぎ。
そこまでいくと、確かに「気持ち悪い」かもしれない。

ちょとまて。
では筆者と同様に音域が狭く、声質が悪く、音程をはずす人で、そのうえアンタみたいに歌に芝居なんか入れられないよ、って人はどうしろというのだ。歌うなというのか。いや、それもひとつの見識かもしれないが、何だか何か欠けてるぞ。
歌に感情込めるのは「演劇部出身者」の特権なのか。劣等感と優越感は紙一重だな筆者。年末年始合併号の週刊文春の歌謡曲グラビア読んだか筆者。

さらに続く！

（2002/12/30＋2003/1/3）