東山にしこの
カラオケ修行
　

このページを読んでくれている、ライターの唐沢伊万里さんとカラオケに行った。
素直で質のいい声と、上は宇多田ヒカルの曲の一番高いところあたりまで出せる声域を持ち、さらにここ２年ほど、声楽の基礎レッスンも受けている唐沢さんは、私がしているような工夫とは無縁である。

さらに。演劇通でもあり、学生時代には文化祭の人気者で、私よりよほど「演劇部」的な彼女だが、歌うときには芝居なんか入れない。私は１曲ごとに違う歌い方を心がけているのだが、唐沢さんはあまりそんな細工はしない。
ところがだ。いろんな曲を入れるうち、のどが温まってきた唐沢さんの歌は、曲ごとに詞のニュアンスを伝え始めた。

あー、やはりそうだったか、と私は思った。
ふつうの意味で歌がうまい人は、素直に歌っていれば、歌を設計するときに仕組まれた感情伝達のシステム （この企画の第１回、ひょっこりひょうたん島の話を参照）が作動し、聴き手の耳に、その感情が伝わってしまうのだ。歌のシステムを起動するものが、装置としての「歌声」なのだ。

歌い手は、歌を作った人と聴き手の間をとりもつ媒体でしかない。その媒体が、「ここで感動しなさい」と芝居を入れたら、それは押し付けがましくて気持ち悪いだろう。

だが、１９７０年代に私の親に叱られていた若い歌手や（前項参照）、「歌じゃなくて芝居だね」という評に活路を見出して歌下手コンプレックスから脱した私は、「下手なくせに感情を入れる」のではなく、下手だから、自分で感情を入れてしまうのだ。
そうやって、うまい人が歌の感情を引き出している状態を、真似ているわけだ。

週刊文春の、年末年始合併号の巻末グラビアに、カラオケでよく歌われる歌のジャケ写を見せながら、選曲の注意点を並べる、という企画が載っていた。
そのなかに、Winkの『悲しい熱帯魚』について、感情を出さずに歌いきるのは難しい、という意味のコメントがあった。やはり感情を出さないで聴かせるレベルにするのは難しいのだ。

とはいえ、だれが歌ってもなんとなく切なくなる曲もあるし、井上陽水作の『飾りじゃないのよ涙は』は、だれが歌っても中森明菜みたいだ（笑）。そういう不思議な曲を見つけていくと、下手でも何とかなるし、気持ち悪がられるような芝居もしなくてすむかもしれない。

でもなぁ、芝居入れるのって楽しいんだけどなぁ。そこをひとつ、あえてしばらく禁じ手にしてみるか。

あと、もうひとつよくわからないのが「ハモるのは好かれるかいやがられるか」である。これについてはまた後日。

（2003/1/7）