緊急宣言
ドリームチームの実現について
−マーティ･キーナート批判−

（いつもよりシリアスなのでご注意ください）

●日本チームが消えた？

　Microsoftが提供しているポータルサイト「MSN」の連載「MSN ジャーナル」で、マーティ･キーナートというジャーナリストが８月４日付けで『夢と消えた日本の「ドリームチーム」』という記事を寄せている。

URLはここ

　タイトルからして酷くないか。
　何かの競技の日本代表が国際大会に出られなくなったという話かと思った。サッカーのFIFAのＷ杯とか（笑）。
　そうではない。シドニーオリンピックに出る日本の野球のチームが、「ドリームチーム」ではなくなった、という話なのだ。
　「消えた」って…。出るのに…。
　要するに、決定した選手たちの顔ぶれが気に入らないということだ。

　新橋の焼き鳥屋の客が「古田、シドニーに行かせたいよなぁ」「いやーそれなら巨人の松井だって」「ナベツネがいる限りダメだね」などと言うのは、それも野球の楽しみ方のひとつだから構わない。
　だが、プロのスポーツジャーナリストを名乗る人間が、天下のMicrosoftのポータルサイトで、５４歳にもなって、だれに対しどういう批判をしているか。
　今回はそれを明らかにしたい。

●偉い人を非難する偉い人

　まずリード（記事の導入部分）。
　シドニーオリンピックの野球の日本代表チームのなかに「ヤクルトの古田捕手の名前はなかった」という詩的表現に続き、「日本の野球界の指導者たち」を批判している。メダルが取れる可能性が高いのに「内輪の事情に振り回されてベストメンバーを送り込むことができなかった」ため、「シドニーのメダルだけでなく、野球の未来をも台無しにしてしまった」のだそうだ。

　古田がオリンピックにいかなかったことで損失を被る人がいないとはいわない。だが、台無しになどしていない。
　古田をシドニーに送り込まなかった人たちが何をしたのかは、ここを読んでいただけばよろしい。
　だが、これはいわゆる前書きの部分で、キーナートではなくMSNの編集者が書いたものかもしれないので、看過するとしよう。
　
　本文の書き出しはこうだ。
　ヤクルトの古田の五輪派遣の記事を読んだりニュースを聞いたりするたび、キーナートは「笑うしかなかった」そうだ。
　笑いの理由は、「日本のスポーツ界、そしてとりわけ日本の野球界の指導者たちはなぜ、『協力する』ということができないのだろう」という、スケールを拡大した疑問によるものだ。
　
　ほかのスポーツ界のことは知らない。だが日本のプロ野球界は、この件で、ほんとに「協力する」ということをしていないのだろうか。
　オリンピックよりもプロ野球のほうが地位が下である、ということにならないように、意見や事情を異にする者どうしが協力しあったのが今回の結論なのではないのか。

　キーナートが野球界に期待した「協力」とは何か。

　日本がオリンピックで勝てる見込みがある種目は減っているが、野球は勝てる見込みがあるのだそうだ。だからアマ側はプロに協力してほしい、金銭的援助はすでに受けているが、そうではなく選手を出してほしいと考えている。まあこれは、キーナートに教わるまでもなく、幾度も報道されたことである。
　それじたいはわからない理屈ではない。今回はあまりにアマ側の手際が悪かった。手際が悪いのは簡単にいって、自国の「ペナントレース」という商行為に対する理解があまりに浅く、かつオリンピックの価値を過信したためだと私は思う。

「それなら、日本がベストメンバーを集めた野球の代表チームをシドニーに送り込もうとしないのは、一体どうしてなのか。韓国と台湾は、プロ野球選手だけを集めた『ドリームチーム』を派遣するというのに、なぜ日本には同じことができないのか」

　なぜスポーツジャーナリストのくせにそんなことがわからないのか。
　韓国や台湾の球界と日本では、全然事情が違うではないか。
　選手の構成をどの国も同じにしなければならないのなら、そういう大会をやればいいのである。

　今回わかったのは野球のようにショウ的でカネのかかるスポーツ−−結果としてカネが動くのではなく、やるだけで人件費はじめ桁外れのカネのかかるスポーツはオリンピックに向いていないということだ。

●そんなの毎日見られるじゃん

　続けてキーナートは、失礼千万な提案を始める。「日本は、ベストプレーヤー２５人をそろえて、シドニーに送り込むべき」なのだそうだ。日本は社会人、学生、プロからベストプレーヤー２５人をそろえてシドニーに送り込もうとしているのだと思っていたが、違うのだろうか。

　違うらしい。彼の希望はこうだ。

　「オリンピックでの初戦（９月１７日の対アメリカ戦）に次のようなナインが顔をそろえたら、何とエキサイティングなことか。

　いや、５番は大砲よりも勝負強い選手がいいよ。このなかでは好調なら高橋（由）だね。で、器用な仁志が２番のほうがいい。
　じゃなくて。こんなものオールスターだの東西対抗だので見られるではないか。それ見てエキサイトしておればよろしい。
　もっと言おう。
　これらの選手たちは毎日のようにペナントレースに出ている。
　見なさい。それを。日常のなかで。彼らが彼らじしんの舞台の上にいるところを見てやれ。

　それにこれまでがんばってきたアマチュアの選手はどこに行ったんだ。
　それから、現実に参加するセ・パのプロの選手。彼らはエキサイティングではないのか。

　抗議されてもしかたない。メディアが雑誌か新聞だったら放置されていないだろう。
　でもキーナートに抗議するなんて、「玉川オンライン」に抗議するのと同レベルだ。ばからしいから抗議なんか思いつきもしないだろう。

●偽仁志からバカの自覚を抜くとキーナート

　このメンツのメリットはほかにもあるそうだ。

　「この顔ぶれなら、試合のテレビ中継は日本のテレビ史上、有数の高視聴率を記録するはずだと、私はあえて断言する」

　ほら来た。ほら来た。
　キーナートというジャーナリストは本当にテレビが好きだ。
　長嶋の背番号３のときも、「こんなことばかり話題になって、ほかのチームの監督がかわいそうだ」と書いていた。活字系マスコミ人のくせにテレビと現実を平気で混同するキーナートは気づかなかったのかもしれないが、ほかのチームの監督はきちんと野球の話題が毎日報道されており、むしろ長嶋のほうが背番号３のことしか頭にないかのようで、かわいそうであった。

　高視聴率なぞに価値を置くなら長嶋茂雄を日本代表の監督にしちゃどうかね。

　意見を言うときは反論を自分で予測しておくことも大切だ。
　そこでキーナートも、当然予測される反論「ペナントレースはどうなる」に対してこう言っている。
　今からでも日程を変更し、ペナントレースを２、３週間中断して最強メンバーを送り込めばよいそうだ。そうすれば「その間にゴメスは帰国して家族サービスに努めることができる」。じゃなくて、「９月末の表彰式では風にたなびく日の丸を見られるかもしれない」。それなのに「日本野球界の指導者たちは、なぜそうした展望をもてなかったのか」。

　なぜそうした展望をもてないのか、本気で疑問に思っているのだろうか。
　なぜそこまで極端に無邪気に、オリンピックをペナントレースよりも上位に置こうとするのか。
　当方は本気でそれがフシギである。
　それから古田の五輪参加を阻止したのは指導者じゃなくて球団経営者ですのでそこんとこヨロシク。

　東京オリンピックの年（１９６４年）は、プロ野球の開幕が３月中旬に繰り上げられ、オリンピック前に日本シリーズを終えたそうだ。キーナートは１９４６年生まれだけあって、よく昔のことを知っている。
　だからキーナートは「プロ野球の日程が変更された例は、過去にもある」というのだが、１９６４年にオリンピックで野球は公式競技になっておらず、別の理由で日程を変更したのだから、これはムリがある。
　だいいち、発展途上国（当時）、まして敗戦国が国際社会に勝負をかけるときというのは、「よそ様をお迎えする前に内輪の行事は片付けておく」それぐらいのことはやるのである。今は違う。

　それに、１９６４年は開幕時点で調整してあるから可能だったのだ。
　それができなかった時点であきらめるべきだろう。
　キーナートにこんなことを言わせるのは、きちんと決まったことをこんなぎりぎりまで蒸し返しつづけたオリンピック関係者である。
　彼らですらあきらめたのに、さらに「今からでもペナントレースを中断すればいい」とは、『南西対談』の偽仁志とレベルは変わらないが、バカの自覚があるだけ偽仁志のほうがマシである。

●呪いに負けるな、がんばれ、日本野球界

　終盤は「キーナートの呪い」である。
　「日本の野球関係者の行為は、自滅を招くと、私は固く信じている」のだそうだ。
　それでは東山にしこが日本球界のために、その呪いを解くとしよう。

　まずはどんな呪いがかけられているかをご紹介しよう。

・野球の日本代表チームは過去４回のオリンピックで常にメダルを取ってきたが今回はダメだ。

　その理由は、キューバとアメリカがいつものように強いこと、オーストラリアも驚異的に強いこと（ディンゴ！？）、韓国と台湾はプロが協力していること。

　これに日本がキーナートの言うプロ中心の「ドリームチーム」を派遣していたら、

・メダルはほぼ確実
・金メダルの可能性も
・試合を見て感動した多くの子どもたちが「父親と一緒に子ども向けのボールやバット、グローブを買いに走ることだろう」
・野球人気が一気に押し上げられる
・日本全体の士気も上がる

　だが現実は「ドリームチーム」ではないので、これらはすべて実現しない。
　これがキーナートの呪いである。

　では、まず前半の呪いについて。

　キューバ、アメリカ、オーストラリア、韓国、台湾に事情があるように、日本にも事情がある。それはキーナートが知っているとおりだ。いつまでないものをねだっても救いはない。目の前に現実にあるチームを応援しよう。

　後半について。

　私はプロ野球ファンだから、野球人気を高めるのはプロ野球であってほしい。
　オリンピックの手など借りなくても、多くの子供たちが、今も野球に憧れ、父親（母親だってかまわないだろう）と一緒に子ども向けの野球用品を買いに走っている。
　私はそう信じてやまない。
　いや、その必要はない。私のようなファン歴の浅い者がわざわざ願わなくても、今のプロ野球にはその力が十分にあるのだ。私の願いもキーナートの呪いも、大きなお世話である。

●なすべきことは何なのか

　キーナートのオチはこうである。

「力を合わせてシドニーにベストチームを送り込むことができなかった日本の野球関係者は、自らの行動を大いに恥じるべきだ。自分たちが台無しにした『夢』を、今一度想像してみるがいい」

　恥じるべきなのはかくも浅薄な考えで他人のプライドをふみにじるこうしたジャーナリストである。
　私が疑うのは、マーティ･キーナートは本気でこんなことを夢見ているのかどうかだ。

　本気だとしよう。だとしたら、日本の野球関係者が台無しにしたのはキーナートひとりの「夢」にすぎない。そんなもの今一度想像しなくてよろしい。
　そんなもの想像してくれるんだったら、私が「ドラゴンズがジャイアンツに引き離されて悔しい」とか、「ステキな秋のスーツが欲しいなあ」とか思っていることも想像してちょうだい。
　つまり、そういうレベルのことをこの男は、新橋の焼き鳥屋でも自分の得手勝手なWebサイトでもなく、Microsoftのポータルサイトで言っているのである。

　こうなったら私は、シドニーオリンピックに参加が決定した日本の野球のチームを「ドリームチーム」と呼ぶ。
　日本の野球界が協力して送り込む、ベストメンバーとして、心から応援する。
　メダルが何色だろうと私は彼ら全員を支持する。
　キーナートは不平をたれていなさい。不平なんか自由に言えばいい。もし本気なら、の話だが。私のほうは本気である。

（てゆーかオリンピック全然興味ないしー。だから、応援はするけど、見ないかもー）

（文中敬称略、文責東山にしこ）